好意を寄せられていると感じるのは勘違い?
堀さんは、相変わらず昼休み前に院長室に顔を出してくれていました。
ある日、榊原さんが
「ありがとうございます。これからは皆さんとの風通しも考えて、
なるべく全体ミーティングでお願いごとをしていくので、
もう、院長室に寄ってもらわなくてもいいですよ。」
と堀さんに告げると、堀さんは目を丸くして驚いた表情で、一瞬睨まれたように感じました。
が、すぐにいつも通りの笑顔で
「分かりました。そのほうがいいですね」と、院長室を出ていきました。
しかし、この日を境に、榊原さんは病院が終わってから、
不思議なことに、よく堀さんとバッタリ会うようになったのです。
行きつけのバーや、よく行くスーパー銭湯、帰り道にPC作業をするために寄るカフェや、
近所のコンビニ、さらには数年ぶりに行ったレストランなど……
最初は「堀さんも、よくここに来るんですか? 今までお会いしたことなかったですね。」と、
何の疑問も持たずに、ただただ驚いていましたが、
数年ぶりに行ったレストランに堀さんがいるのを見たときは、驚きというよりも恐怖を感じました。
仕事中も、気が付けば堀さんがじっと榊原さんを見ている視線を感じていました。
なるべく堀さんとは関わらないようにしたいと思っていた榊原さんでしたが、
堀さんの歯科衛生士としての腕の良さはとびぬけていたので、
難しい施術は院長である榊原さんと堀さんがセットで行うことも多くあり、
堀さんを避けて診療を行うことはほぼ不可能でした。
彼女が自分の行き場所を知っている
診療が終わり、誰にも見つからないように診療所を出ても、ばったり堀さんに出くわす……
これを偶然と考える方が不自然で、
なぜ、自分の行動がなぜばれているのかを知るために、
探偵に盗聴器発見と、自分に対する追跡者がいないかを調査してもらうことに。
調査の結果、院長室にも車にも盗聴器はありませんでした。
数日間、榊原さんを尾行したところ、
榊原さんが向かう店の近くに堀さんがいたことはありましたが、
病院から榊原さんを尾行していた形跡はありませんでした。
しかし、調査員が一つ気になったことは、堀さんがずっとスマホを見ていたこと。
その画面にはSNSが表示されているようでした。
しかし、榊原さんのSNSのアカウントには
日々の診療の様子や歯科医院の営業のお知らせや予約状況などが書かれているだけで、
プライベートの情報は一切なく、堀さんが榊原さんの行動を知ることはそのSNSからは不可能でした。
しかし、調査員は、榊原さんから教えられていない榊原さんの裏アカウントらしきものを発見。
そこには、画像が頻繁にアップされていて、
行きつけのお店や「ちょっとイラつくことがあった。サウナでスッキリしたい」など、
行動のヒントになりそうなつぶやきが多くしてありました。
「これは、榊原さんのアカウントですか?」と調査員が確認すると、
榊原さんは、驚いた顔で「え?なんでですか?」と、
そのアカウントが自分のものであることを認めました。
そして、そのフォロワーに、まったく投稿がない、堀さんらしき人物も発見しました。
堀さんは、榊原さんの裏アカウントを何かの拍子に見つけて、
そこから行動パターンや行きつけの店を見つけたと考えるのが、濃厚な線でした。
そして、待ち伏せをして偶然を装い榊原さんにバッタリ会う……。
この行動を繰り返していたのです。
実際に榊原さんが裏アカウントを消したところ、
堀さんと遭遇することはなくなったと言います。
堀さんの行動から、榊原さんに好意を寄せていたのは確かなようですが、
榊原さんが「自分自身の行動を発信」していたことで、
堀さんの「会いたい」という気持ちを行動に移させてしまっていたのかもしれません。
今、堀さんとは「一定の距離」をとりながら接し、
榊原さんは普段通りの日常を取り戻したようです。
一歩間違えば自分からストーカーに行動のヒントを与えてしまうところだったかもしれません。
堀さんの行動がエスカレートする前に気が付くことが出来て良かったですね。
そんなつもりはなくとも、SNSは全世界の人に自分の情報を発信するツール。トラブルに巻き込まれないためにも、使い方には十分に気を付けていきたいですね。
(2018.11.12)